
ワインの製法「マロラクティック発酵」はどんな手法?その効果は?
ワインの製造工程に「マロラクティック発酵(MLF)」という工程があるのを知っていますか?この発酵はワインの酸味をまろやかにし、バターのような独特の香味を付加してくれますが、すべてのワインで行われるわけではありません。マロラクティック発酵とはどのような手法で、どのような風味の違いが生まれるのか?また、どのようなワインの製造過程で行われるのかについて解説していきます。お気に入りの1本を探す際の参考にしてみてください!
目次
マロラクティック発酵とは?
マロラクティック発酵(MaloLactic Fermentation、通称MFL)はワインの製造工程の一つで、アルコール発酵後に乳酸菌がワインに含まれるリンゴ酸を乳酸と炭酸ガスに分解する発酵のことです。この発酵を経ることで、ワインの酸味が和らぎ、まろやかな味わいが生まれます。マロラクティック発酵の「マロラクティック」とは、リンゴ酸(malic acid)と乳酸(lactic acid)のことです。
ワイン作りでは、まずブドウ果実から絞った果汁に、酵母を加えてアルコール発酵をさせます(工程②)。アルコール発酵では、酵母が果汁に含まれる糖分を分解して炭酸ガスとアルコールを生成します。
- 工程① ブドウの実を破砕・圧縮し、果汁を絞る
- 工程② 取り出した果汁をアルコール発酵させる
- 工程③ 発酵が終わったら、木樽やタンクに移して熟成させる
- 工程④ 濾過して澱や濁りを取り除き、瓶に詰める。栓をしたら完成
マロラクティック発酵は工程②の後に行われ、アルコール発酵が一次発酵(主発酵)と呼ばれるのに対し、二次発酵と位置づけられています。
「リンゴ酸を乳酸に変える」ってどういうこと?
マロラクティック発酵では乳酸菌のはたらきによってリンゴ酸を乳酸に変えますが、「リンゴ酸を乳酸に変える」とは具体的にどういうことなのでしょうか?
リンゴ酸はブドウに元から含まれている酸味成分です。この成分は果実に多く含まれており、フレッシュさを持つ一方で、強いすっぱさを感じやすいという特徴があります。そのため、リンゴ酸の量が多いとワインの酸味が強くなりすぎることがあります。
一方、乳酸はまろやかな酸味を持つ成分ですっぱさを感じにくく、ヨーグルトなどの乳製品のような酸味を持ちます。
このため、マロラクティック発酵を行い、リンゴ酸を減少させ乳酸を増加させることで、ワインの酸味をまろやかに調整することができます。この手法は日本酒の製造でも行われることがあるそうです。
リンゴ酸がワインのスタイル形成において重要な理由
ワインの味わいに関係する酸味成分は、酒石酸、リンゴ酸、乳酸、琥珀酸の主に4つです。酒石酸とリンゴ酸はブドウに元から含まれている成分で、琥珀酸は発酵過程で酵母によって生成されます。乳酸はブドウにもある程度含まれていますが、マロラクティック発酵を通じてリンゴ酸に代わって増加します。
これらの酸味成分の中で、リンゴ酸は比較的コントロールしやすい成分であり、目指すワインのスタイルに合わせて作り手が調整しやすい点で重要です。
リンゴ酸はブドウの生育過程で徐々に蓄積され、ヴェレゾンという実が色づき始める時期に最も多くなります。ヴェレゾン後、ブドウはどんどん成熟していき、糖度が上昇するのに反比例して酸度は減少していきます。このスピードは気温に影響され、気温が高いとリンゴ酸の減少が早く、低いと遅くなります。特に夜間の気温に影響されやすく、夜に気温がぐっと下がる地域では、ブドウのリンゴ酸濃度は高くなる傾向があります。リンゴ酸の減少スピードは品種にもよりますが、基本的な傾向は共通しています。
そのため、ブドウの収穫タイミングや、マロラクティック発酵の活用によって、リンゴ酸の濃度(=ワインの酸味)をある程度コントロールすることができます。
マロラクティック発酵とテロワールの関係
テロワール(Terroir)はワインに影響を与える自然環境や人的要素を指すフランス語で、「土地の個性」や「土壌と気候の影響」という意味を持つ概念です。同じ品種のブドウでも育った土地により風味が異なり、その土地独自の個性を持つワインになるということです。マロラクティック発酵は、テロワールの特徴をさらに引き立てるのに重要な役割を担います。具体的にいうと、テロワールはブドウの生育に影響を与えるため、マロラクティック発酵を行うかどうかでワインの味わいを調整することができるということです。
例えば、フランスのシャンパーニュ地方やドイツのモーゼル地方といった寒冷な地域で育ったブドウは酸味が強い傾向があり、マロラクティック発酵を行うことで酸味を和らげバランスの取れた風味を作り出します。一方で、カリフォルニアやオーストラリアのような温暖な地域ではブドウの酸度が低くなるため、マロラクティック発酵を行うかどうかは慎重に判断する必要があります。
気候だけでなく、土壌の状態もブドウの成長に影響を与えるため、マロラクティック発酵の選択に関わってきます。石灰岩質の土壌ではブドウの酸度が高まりやすくマロラクティック発酵が必要になることがありますが、肥沃な土壌ではブドウの酸味が穏やかになるため、マロラクティック発酵を行わない選択がされることもあります。
マロラクティック発酵による風味の変化
マロラクティック発酵は酸味をまろやかにするだけでなく、独特の香味も生成します。ジアセチル、ダイアセチル等といった香り成分が発生することによって、白ワインにはバターのようなクリーミーな香りが、赤ワインにはローストやチョコレートのようなリッチで深みのあるニュアンスが付加されるのが特徴です。シャープで爽やかな酸味を重視するスタイルのワインなど、酸味を強調するためにマロラクティック発酵を行わないワインもあります。
マロラクティック発酵とワインの安定性
一般的に、pHが低い(酸度が高い)方が微生物の活動が抑制され、ワインが安定しやすいと言われています。しかし、マロラクティック発酵では、酸度が低下する過程で微生物のエサとなる栄養素が消費され、結果的に微生物学的な安定性が向上します。これにより、ワインの保存性が高まり、望ましくない風味や香りのリスクも減少するため、品質保持の点でもメリットがあります。
マロラクティック発酵の方法
マロラクティック発酵は、アルコール発酵が終了するとワインに含まれる乳酸菌によって自然と始まります。この方法はテロワールが反映されやすく個性が引き出されますが、発酵が不安定になる可能性もあります。乳酸菌を添加して発酵を促進する方法では、品質が安定し予測可能な風味を得やすくなります。
さらに「コ・イノキュレーション」と呼ばれる手法では、通常はアルコール発酵後に開始するところを、乳酸菌の添加によってアルコール発酵と同時にマロラクティック発酵を開始します。この方法には、発酵期間を短縮し微生物によるリスクを下げると同時に、ワインの早期安定化を図るというメリットがあります。
マロラクティック発酵を避けたい場合には、亜硫酸を添加して乳酸菌の活動を抑える、低温に保つ、酸度を調整して乳酸菌の増殖を防ぐなどの方法が使われます。近年では、温暖化の影響により、夏の成熟期にブドウに含まれるリンゴ酸が減少してしまい、予想外にワインの酸度が低下するという課題も生じています。そのため、酸度のバランスを保つためにマロラクティック発酵を行わないケースも増えてきています。
これらの方法は、目指すワインのスタイルや作り手の哲学に基づいて選択されます。
マロラクティック発酵の成り立ち
マロラクティック発酵は、酵母によるアルコール発酵よりも100年後に発見された、ワイン醸造の歴史の中では比較的新しい技術です。現象自体は古くから知られていたものの、その科学的理解がきちんと進んだのは19世紀以降でした。
1837年にドイツの醸造家のフライヘル・フォン・バボによって「第2の発酵」として認識され、酸味が減少する現象が注目されました。1913年にはスイスの醸造家であるヘルマン・ミュラーが乳酸菌によるリンゴ酸の乳酸への変換を理論化、1950年代になると、現代ワイン醸造学の基礎を築いたフランスの醸造学者、エミール・ペイノーによる乳酸菌培養技術の確立により、商業的なワイン生産において広く利用されるようになりました。このように、マロラクティック発酵は科学的な進歩とともに発展し、今日ではほぼすべての赤ワインの製造に活用される重要な醸造技術となっています。
赤ワインとマロラクティック発酵
赤ワインではほぼすべてのスタイルでマロラクティック発酵が行われます。これは、赤ワインの果実味やタンニンとリンゴ酸の風味が合わないからだとされています。そのため、マロラクティック発酵が行われたかどうかが表記されることはあまりありません。
フルボディの赤ワインでは、特にマロラクティック発酵の影響が際立ち、ワインの深みや複雑さを強調してくれます。また樽熟成されたものでは、樽の香りや風味と融合し、重厚感が生まれます。一部、ボジョレー・ヌーヴォーのようにフレッシュさを重視したワインではマロラクティック発酵が行われないこともあります。
白ワインとマロラクティック発酵
白ワインにおけるマロラクティック発酵は、赤ワインほど一般的ではありませんが、特定のスタイルや品種には欠かせない要素となります。フレッシュで爽やかな酸味を保ちたい場合にはこの発酵を避けますが、リッチで重厚感のある味わいを求める場合には積極的に取り入れられます。
アロマティック系品種(リースリング、ゲヴュルツトラミナー、ソーヴィニヨン・ブラン、マスカットなど)は、マロラクティック発酵を避けることが多い傾向にあります。これは、アロマティック系品種は酸味やアロマが主役であり、マロラクティック発酵を行うことで得られるまろやかな質感や風味よりも、フレッシュさと純粋な品種の特徴を優先するためです。
対して、ニュートラル系品種(シャルドネ、ピノ・グリなど)ではこの発酵が行われることが一般的です。バター香が品種の特徴と上手く融合し樽熟成との相性もいいので、相乗効果を目的としてマロラクティック発酵が行われます。
シャンパンはマロラクティック発酵を行う代表的なワインですが、伝統的な技法を守り、あえてマロラクティック発酵を行わず、フレッシュな果実味を保ちながら長期間熟成させる作り手もいます。ただし、マロラクティック発酵を行わない場合は、酸味を落ち着かせるためにより長い熟成期間が必要となり手間とコストがかかります。
白ワインでマロラクティック発酵が行われているかどうかは、ラベルやワインの説明もチェックしてみて下さい。
暑い時期や気分をリフレッシュしたい時にはフレッシュな酸味のマロラクティック発酵なしのワインを、寒い時期やまったりと一息つきたい時にはまろやかな酸味となめらかな口当たりのマロラクティック発酵ありのワイン、という選び方もよいかもしれません。特に白ワインやスパークリングワインを選ぶ時には、マロラクティック発酵がされているかどうかもポイントの一つとして注目し、その味わいの違いを楽しんでみてください。
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