
鎌倉の真ん中で、ワインを育む
鎌倉市唯一(2025年時点)のワイナリー「鎌倉ワイナリー」。観光客で賑わう由比ガ浜通りに面した建物にタンクが並び、まさにこの地でワインが醸されています。ブドウ畑は七里ガ浜と関谷の2カ所、合計約1ヘクタール。どちらも海から1kmほど、潮風が吹く丘の上にあります。
私が訪れた8月、畑では完熟期を迎えたブドウが実っていました。触るとギュッと凝縮した果実の房。案内くださったつくり手の夏目さんは、収穫タイミングを見極めるため、ブドウを食べて種の感触や味をひとつひとつ確認していらっしゃいました。関谷の畑はゆるやかな南向きの斜面で、朝から夕暮れまで太陽を浴びる絶好のロケーション。「ジュヴレ・シャンベルタンを思い浮かべるんです」と語る夏目さんの言葉と、未来に満ちた表情を見ると、この場所が銘醸地に感じるのが不思議でした。


"無理だ"と言われても、信じた道を行く
鎌倉ワイナリーを立ち上げた夏目さんは、もともとバー勤務を経て、ソムリエ資格を取得したワイン愛好家。社会人になってもワインへの情熱は冷めず、2017年に農地を取得してブドウ栽培を始めました。海も山も人も素晴らしい鎌倉で、何か価値を生み出したい——そんな想いから「鎌倉ワインバレー構想」という壮大なビジョンを掲げます。
会社を早期退職してワイン造りに挑むと宣言したとき、周囲からは「無理だ」と笑われたと言います。農地を探すため、300軒近くにチラシをポスティングし、たった1軒からの連絡をきっかけに、わずかな土地を借りることからスタート。初めての重機作業、開墾、苗植え。誰の支援も頼らず、自らの手で道を切り拓いてきた夏目さん。ぶれない信念と行動力に、ただ圧倒されるばかりでした。
鎌倉のテロワールが香るワインたち
鎌倉ワイナリーのワインは、湘南の風土を色濃く映し出します。特に人気なのが、鎌倉産ピノ・ノワールとメルロを使用した赤ワイン。湘南らしいミネラル感と、梅の種のようなじわじわと広がる旨味が特徴で、一度飲めば忘れられない個性があります。
生産量が少ないため、リリースするとすぐに完売してしまうこともしばしば。その味わいは、業界関係者からも高い評価を受け、かつて夏目さんを笑った人々も、今ではその実力を認めざるを得ないほどです。挑戦と努力が積み重なって生まれる一滴一滴に、鎌倉の自然と、夏目さんの情熱がしっかりと息づいています。
鎌倉にワインバレーを
当店にもリリースしたワインの説明に来て下さりました。夏目さんの話を聞いていると、「鎌倉ワインバレー」という構想の実現が必ずあると思えます。当店のスタッフも、鎌倉ワイナリー栽培クラブに所属しており、夢の実現を間近で見せていただいています。小さな一歩から始まった挑戦は、少しずつ確かな形を帯びています。これから生産量も増え、鎌倉の風土を活かした唯一無二のワイン文化が根付いていくでしょう。
