現代的な建物に宿る老舗の魂
日本酒の生産量日本一を誇る酒どころ灘五郷の一角、神戸・東灘区。
新神戸の駅の背景にそびえ立つ六甲山がもたらす、豊かな水に恵まれた地に、泉酒造はあります。
国道から住宅街を抜けると、そこにあったのはオフィスビルのような建物。すっきりとした現代的な佇まいに、「本当にここで日本酒が造られているの?」と驚きます。宝暦元年創業という長い歴史を持つ泉酒造ですが、阪神・淡路大震災で蔵が焼失。長い休業ののち、再建されたのがこの建物なのだそうです。
敷地内には、創業当初から変わらず使い続けている、六甲山の伏流水が湧く井戸があります。すべてが新しくなったように見える中で、この井戸は変わらずここにあり、泉酒造の歴史を見守ってきたのかもしれない。
そんな思いがふと心に浮かびます。
震災を乗り越え、未来へとつなぐ志
震災の後、12年の休業を余儀なくされた蔵の再建のきっかけを作ったのは、現在専務を務める泉藍さん。もともとはデザイン関係の仕事に就いていて、酒造りとはまったく無縁の世界にいたそうで、「最初は飯米と酒米の違いもわからなかった」と当時を振り返ります。
そんな泉さんが酒造りの世界に飛び込んだのは、蔵元の祖父・仙介さんの想いを受けて。「誰にでもできる仕事ではない。このままやめてしまうのはもったいない」と、まずはおじいさまの送り迎えから手伝い始めたそうです。ハキハキとした語り口とチャーミングな笑顔が印象的でしたが、その奥には一本通った芯の強さを感じました。
「仙介」に込めた想い
再建にあたっては焼け残った蔵を改築、道具はほとんど失われたため、近隣の蔵元の支援を受けながらの再スタートだったといいます。残念ながら、祖父・仙介さんは完成した新酒を味わうことなく亡くなりましたが、泉さんはその名を冠した銘柄「仙介」を立ち上げます。
長年この蔵を支えてきたベテランの知恵と、新しい世代の力がひとつになって生まれた「仙介」は、泉酒造の再生の象徴とも言える存在です。
勘だけに頼らない酒造り
再建された泉酒造は、伝統を受け継ぎながらも、今の時代に合った環境づくりが進められています。最新の洗米機や数値管理ができる温度計などが導入され、勘や経験だけに頼らない酒造りが行われています。仕込みタンクの横にも管理記録が掲げられていて、「美味しさ」は数値でも支えられていることを実感します。また、泉さんは衛生面や作業環境の改善にも注力。男社会のイメージが根強い酒造りの世界ですが、その改革には女性ならではの細やかな視点が感じられます。
目指すのは「初めて日本酒を飲む人が美味しいと思えるお酒」
泉酒造では、若手社員による酒造りの挑戦「泉チャレンジ」というシリーズを展開しています。2016年にスタートしたこのシリーズでは、毎年異なる仕込みや酒米、麹を使った新しい試みに取り組んでいるそうです。
たとえば「仙介 特別純米 白麹 無濾過生酒原酒」は通常用いられる黄麹に、焼酎にも使われる白麹を加えて造られた一本。白麹によってもたらされる爽やかな酸味と甘味が絶妙に調和した味わいが印象的です。灘五郷という伝統的な酒造りの地で、若い感性を積極的に取り入れる試みが行われていることには驚きました。でも、その柔軟さも泉酒造の個性を形作る要素なのだろうと思います。
泉さんが目指すのは、「初めて日本酒を飲む人が美味しいと思えるお酒」。「灘の中では比較的小さな蔵だからこそ、自分たちが本当に届けたい味を追い求められる」——そんなストイックさと自由さを持った蔵で作り手が楽しみながら造ったお酒が、飲み手を楽しませる。
そんなハッピーな循環がここにはありました。