
山間に息づく小さなワイナリー
九州・大分県の山間に位置する安心院(あじむ)。その静かな土地に、ひっそりと佇むワイナリーがあります。
2025年1月中旬、九州滞在中に拠点としていた宮崎県の日南から車で4時間以上かけて訪れた「安心院小さなワイン工房」。出迎えてくれたのは、朴訥とした雰囲気を持つ醸造責任者の和田さんです。
このワイナリーの始まりは2010年。「農を通じて故郷を守る」という理念のもと、企業組合・百笑一喜が立ち上げられました。
もともとは、地元の4つの生産者が集まり、野菜の集荷や産直販売を行う組織でしたが、「ワイン醸造を通じて地域を元気にしたい」という想いからワイン造りを始めることに。しかし、試行錯誤の中でなかなか軌道に乗らず、ワイナリーの存続が危ぶまれる時期もありました。
0から、和田さんの挑戦
そんな中、2014年にワイン醸造を担うことになったのが和田さん。もともとは福岡の山奥にあるレストランでソーセージやパンの製造に携わっていたのですが、ワイン造りの経験はゼロ。
前任者もすでにおらず、ノウハウもレシピもない、まさに「ゼロからのスタート」でした。
なんと、「最初はインターネットと本を頼りに学びました」と和田さん。特に参考にしたのが『日本ワイン紀行』という冊子。ワインのインポーターが刊行するもので、醸造技術に関する情報がびっしり詰まったマニアックな内容。
「つくり方にしか興味がない」と語るほど研究熱心な和田さんは、この本を片手に独学でワイン造りを進めました。

ひきこもりワイナリー、個性あふれる味
そんな和田さんが生み出すワインは、どこか素朴でしみじみとした味わい。「ひきこもりワイナリー」と自称する和田さんのスタイルは、シンプルながらも繊細な造りを大切にしています。
たとえば、自然酵母を使い、無濾過・無清澄で仕上げたデラウェアは、食事と合わせるのはもちろん、夜にゆっくりと一人で楽しむのにもぴったりな味わいです。
醸造方法にも独自のこだわりがあります。圧力を最小限に抑える「バスケットプレス」を使用し、果実の旨味を最大限に引き出すほか、ワインの移動には「サイフォンの原理」を利用することで、ぶどうにストレスを与えないよう細心の注意を払っています。
また、デラウェアにシャインマスカットを加えることで酸味を補うなど、試行錯誤を重ねながら味わいを調整しています。

音楽とワイン、そしてこれから
ラベルにもユニークなこだわりが。畑にやってくるイノシシやシカ、ヒヨドリなどの動物が描かれたデザインは、レストラン時代の友人が手がけたもの。
「害獣シリーズなんですけどね」と笑う和田さんですが、その遊び心がワインの個性にも表れています。
実は和田さん、かつてはバックパッカーとしてアジア各地を旅し、音楽を求めて各国を巡っていたそうです。ライブの音を録音し、編集することもしていたりするそう、まるでDJ。
そんな和田さんのワイン造りは、音楽と共鳴するかのように独自のリズムを刻んでいます。
年間の生産本数が限られているため、当店でも取り扱える本数はごくわずか。しかし、安心院の静かな山間でひっそりと造られる「ひきこもりワイナリー」のワインに出会えたあなたは、きっとラッキーかもしれません。